砂時計②〜動から静へ〜


ヨガのアーサナで、体の動きが動から静へと向かっていくのが基本なら、心の動きも、また同様だろう。

時間を気にならない程の、集中した"静の状態"へ向かうのであれば、その過程で、あえて時間を気にしてみる、"動の状態"を作る事もまた必要ではないか。

今この瞬間に集中をするというのも、時を追うというか、捉えるというか、そういう"心の動"の部分をあらわしているとも言えなくない。

意識一つ、イメージ一つで変わる、時の感覚の変化やその動きを心で追い、その心の動の状態があってこそ、心は時を気にしない、静の状態へと近づくと考えてみる。

例えば、時を捉える同じ5秒でも、無意識に過ごす5秒と、54321とカウントしながら過ごす5秒では、だいぶ感覚も違う。

あるいは、何か楽しい時間を過ごしている最中、それが終わる事を意識し始めた瞬間に、今までと全く違う感覚で、時間は急に速く進みはじめる。

また、逆に楽しみに向かう時の時間の感覚は、とてもゆっくりだ。

時の感覚を捉える上での、これらはほんの一例ではあるが、イメージや意識は何でもいいし、イメージや意識が難しいのなら、何か対象物を見つけてみるのもいいと思う。

私の場合だとそれが砂時計。

因みに、普通の時計でももちろん可能だ。秒針の動きを1秒1秒追うのも、時を追う心の動の状態を、イメージしやすい。

ただ、普通の時計だと、少しはっきりとしすぎる所があって、イメージや意識の世界に入るなら、もう少し抽象性がある方が、私の場合はしっくりくる。

流れきったら時計をひっくり返し、また同じ事を繰り返す。ただ砂時計を見つめて、ひっくり返すだけ、難しい事は考えようがないし、何でこんな事やってるのかなと、馬鹿らしくなってくるかもしれないが、でも何度か繰り返す内に、心の動きもつられて単純になってくるから不思議である。

そうやって、捉われるものが少しずつ軽くなると、気持ちも勝手に今ここへと集中し、抱えた悩みや不安も、ちょっと馬鹿らしい位の感覚で楽に捉えられてくるのではないだろうか。

砂時計一つ、安い物であれば、100均でもどこでも売っている。騙されたと思って是非試してもらいたい。


YOGA INCLUSIVE

大地に根を張り、力強く。 見上げた空の如く鮮やかで、美しく。 たった一つの我なる"泉樹の花"。 その実は、今ここに成る。 全ては認め、愛され、受容されながら。

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