創造の種

光と闇。
それを遮るものは、たった瞼一枚だけれど、瞼の向こうと、こちらでは、全くの別世界が広がっている。

瞼の奥の暗闇の景色。
それは私達の原風景だ。

全ての光の根源は、瞼を閉じた暗闇の中に存在し、闇があるから光が生まれ、闇があるから光を認識する。

一つ息を吐き出して、瞼を閉じて暫くは、先程までの光の世界の残像を追うように、眼球が、闇を懸命に"見よう"と錯覚する。

しかし、どんなに"見よう"とした所で、そこでは何も見えるわけがない。

無い物を追い、逆らえないものに抗う私達人間の習性なのか、

それに気付く心の動きが一つあってようやく、"見る"の意識は"観る"へと近づき、瞼の向こうの残像への意識は、頭の中の想像へと移っていく。

そこから生まれるものは、希望もあれば絶望もあり、それは吉夢のようで、悪夢でもあり、コントロール出来るものもあれば、出来ないものもある。

しかし、闇からどんな想像が生まれたとしても、そこに囚われる必要はないはずだ。

何故なら、瞼を閉じ、光を手放し闇の景色に入った事と同様、必ず瞼を開け闇を手放し、光の世界へと戻っていくのが、この世の一つのプロセスである。

時には、ずっと瞼を閉じていたいと思う事もあるかもしれない。

それでも、何とかこじ開けようと意志を働かせ、まるで重い扉を開けるように、その時そこにズシリと重さを感じるならば、それはきっと今の自分の抱えた "心の重さ" だ。

重い扉を開けたその先に、どんな光の世界があるかなんて誰にも分からない。

でも扉が重ければ重い程、それを開けるんだという自分に生まれた覚悟と気持ちは、きっと新たな"創造の種"となる。

何も不安に思う事はない。
何も恐れる事もない。

瞼を開けるその瞬間、闇の中の想像は、きっと私達の新たな光の世界を創造するであろう。

YOGA INCLUSIVE

大地に根を張り、力強く。 見上げた空の如く鮮やかで、美しく。 たった一つの我なる"泉樹の花"。 その実は、今ここに成る。 全ては認め、愛され、受容されながら。

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