井の中のあなたへ・・

あなたは今、大きなギャップに苦しんでいるのかもしれない。

理想として手放したいと考えていたその感情が、今まさに、どんどんと沸き起こってくるそのギャップに。

崩れては整え、崩れては整えを繰り返し、最後にようやく辿り着いたと思ったその先に、まさかこんなに大きな揺れが待っているとは、考えてもみなかったであろう。

あなたが学ぼうと思っていたものは、今一体あなたに何を教えようとしているのだろうか?

一体そこにはどんな意味があって、どんなメッセージがあるのだろうか?

あなたが懸命にあがいて来た事の意味、
あなたが懸命に繋いで来たの事の意味、

考える事は苦しいかもしれないけれど、全てを放棄する前に、もう一度この機会によくそれらを考えてみよう。

もしかしたなら、あなたが手放したいと抗っていたその感情は、

決して無理して手放す必要なんてなく、

強引にでも、辛くなっても、苦しくなってでも、

そのもの自体を、必要不可欠なエネルギーとして、そのまま進み続ける事の方が正しかったのかもしれない。

でも、そんな時こそ、あなたもよく知っているはずの、「AUMマントラ」を今一度思い出してみるといい。

この大胆なる破壊のような葛藤が、「創造→維持→破壊」の流れに沿った適切なプロセスでもあり、

これら全てを含めたものを、ここから新たな創造に向かっていく為に、神様があえてあなたに課題として与えているのだとしたなら、

それこそあなたが、そこで学ぼうと思っていた事の本当の意味も、きっとこれからの気付きとして、それはあなたの下に必ず降りてくる。

あなたは、今回改めて感じたはずだ。
人の心の儚さ脆さを。

整えてきたつもりのものも、こんなにいとも簡単に崩れていくのだ。

あなたが誤った方向に向かってきたのか、
あるいは進むべき道を正しく進んできたのか、

何が幻想で、何が現実だったのかは、それは今、あなたの目の前に広がる、その景色が全てを物語っている。

その景色はあなたにとっての本意ですか?
不本意ですか?

この景色を見る為に、あなたは足掻いてもがいて、手綱を離さず、旅を続けて来たんだと自信を持って言えますか?

沸き起こる感情はとても苦しいし、醜くいものかもしれないけれど、

いい加減そろそろ認めよう。それがまたあなた自身であり、それがまたあなたの現実であるという事を。

まるで、井の中の泥に埋もれているような今のあなたは、誰に何を話す事も出来なければ、

その姿も声も想いも、誰に何も届かす事は出来ていない。

いや、むしろあなた自身が、ありのままを話し、届ける事をためらっている。

それはあなた自身が今のあなたの醜さを、誰よりも一番自覚をしているから。

誰だって自分の醜さを人に晒すのは辛いし、それで人が不快になる事だってあなたは良く理解をしている。

しかし、私はそんなあなたの全てを察し、全てを自分の事として理解をし、全てを受け止める事が出来ている。

何故ならあなたは私で、私はあなたでもあり、私とあなた、またはそれ以外の全てを隔てるものは、どこにもないのだから。 

例えあなたの今いるその場所が、暗くて狭い井戸の中であったとしても、

例え声も姿も届かず、

例え誰に何も気付いてもらえず、

例えその事が、愚かで、無知で、醜い事であったとしても、

必死に鳴くあなたのその鳴き声は、

田んぼにいるどの蛙なんかよりも、
力強い大きな声で、しっかりとこの私には届いている。

あなたの苦しみは、あなただけのものではないし、あなたが苦しみを抱えているのと同じように、どこかでまた同じ苦しみを抱えている人もいる。

だから、もしあなたが、いつかその暗くて狭い井戸の底から、這い上がる事が出来たのならば、

今あなたを苦しめる、その心の大きな揺れは、今あなたと同じように、井戸の底で苦しんでいる人の気持ちに寄り添う為の、"慈悲なる心"の領域を広げ、

今あなたと同じように苦しむ、目の前のその人を助ける為の、かけがえない"智慧の力"を授けてくれる。

その時、きっとあなたの耳にも、私と同じように届いてくるはずだ。

幾多の井戸から聞こえてくる、その力強い"魂の鳴き声"が。


YOGA INCLUSIVE

大地と共に、力強く。 見上げた空の如く、鮮やかで美しく。 たった一つの我なる"泉樹の花" その実は、今ここに成る。 全ては認め、愛され、 そして受容されながら。

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