この道


時々起こる、どうにもならない事や、
どうにかしようとする気力が、
追いついていかない事。
 
それらが何で、何の意味があり、
そこから何を学び、
どう活かしていく事が出来るのか。
 
何となく焦りのような気持ちの中で、無理矢理にでも答えを見出す事に、あがいてはいるのだけれども、

未だ根本的には、それら何一つとして明らかにする事は出来ていない。

思いの波動は、虚しくかき消え、
祈りも全く形にならず、

結局、なす術ないと感じてしまう、この現実の中では、今あなたが縋る遠くの方で小さく揺らぐ灯火さえも、所詮、儚く、脆く、無力に消し去られていくのだ。

時には、そんなあなたの姿、
あり方を見て、

どんなに、あなたがそこで真摯に向き合い、考え続けている事があったとしても、

そんなあなたの事を、何も考えていない、
自由に欠けた悲しい生き方をしている人だと、誠に浅はかな解釈の下に、判断する人もいて、

あなたの、そのひたむきな思いも、残念ながら、本来のものとはかけ離れた、不本意な形で捉えられてしまう。

悔しいけど、それもまた表の現実だ。

確かにあなたは、要領よく器用に振る舞いながら、賢く生きていく事を苦手とするし、
 
更には弱気で、心配性で、
人間的にも未熟な所も多く、

意図せず、人に嫌な気持ちを与えてしまったり、迷惑をかけてしまう事も沢山ある。
 
だけど、今あなたが、もどかしいと感じているその思いの数々は、全て"あなたが悪い"という事ばかりではないし、

それはそれで、都合の良い浅はかな解釈なのかもしれないけれど、

だからといって、あなた自身が人として大切な"豊かさ"のようなものを、根本的な所で欠いているという事でも、断じてない。

行き場を失う思いは形を変えて、何か理性を超えた所で、本来の目指すべき目的地とは、全く逆の方へと向かっていくようである。

だけど今まさに、要領よく生きられていないと感じる、そんなもどかしい自分の姿が、そこにあるとするのなら、

どうかそんな自分自身の姿も、
今まさに"ありのまま"の自分の一つとして、受け止めながら、

どうかそんな自分自身の事を、
もっと、もっと大切に扱って欲しい。

因みに、誰にとっても、
もっと自由に生きたい、
もっと成長したい、
もっと幸せになりたいと願う事は、
 
それは意図して意気込む事や、無理して言い聞かせる事をしなくても、人が生き物として本能的に"備えている"もの。
 
ありとあらゆる生き物、植物含め、生命あるものとして、この世に産まれたものが、

自ら衰退する事を目的にし、自ら不幸になる事を目指し生きているとは、考えにくい事と同様に、
 
例えあなたが今、
どんな様子で、
どんな状況のもと、
どんな生活をしていたとしても、
 
あなたが、あなたなりに、自由や成長に向かう為の、足掻きや、もがきとして、懸命に"今この瞬間"を全うしようとしている姿は、
 
まだまだ、閉ざされ気味の私の眼にも、
しっかりと捉える事が出来ている。
 
もし、あなたが自分自身の眼で、
その事に改めて気がつく事が出来、

更にはそこで、新たな自己の姿を捉え直していく事が出来たのなら、
 
そこにはまた、新たな炎の揺らぎが一つ、
遠くの方で揺らぎ始めるだろう。
 
この前より少し近づいて、
この前より少し大きくて、
 
また何かあったら、
すぐ消えてしまいそうな、
儚さではあるのだけれども、
 
その炎は、少しずつ大きく、
より明確にもなっていく。

足元は未だ暗くて、
おぼつかないし、

遠い先にあるものも、
未だボンヤリとした輪郭程度にしか、
見えてはこない。

でも思う存分、暗いその道に迷い、
思う存分、その足元の段差に躓く位の気持ちで良いので、

あなたが、あなたとして、
自信が無い事にも、
自信を持ち、

あなたが、あなたとして、
いざ、この目の前の道を思い切って歩み続けていけば、

やがて塗り潰されてしまった、
この道のり全体は、

はっきりと照らし出されていく。

答えはもう、無理に探し出そうとする必要はないのだ。

LIFE INCLUSIVE

大地と共に、力強く。 見上げた空の如く、鮮やかに美しく。 たった一つの我なる"泉樹の花" その実は、今ここに成る。 全ては認め、愛され、 そして受容されながら。

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